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ドキュメントはどこまでいらないのだろう? 

@ITで「アジャイル開発ではドキュメントを書かないって本当? 」という記事を読みました。

このシリーズはよいソースコードを書くということについてわかりやすく解説してくれるということで私も結構好きなシリーズです。 今回は簡単に言ってしまうと


ソースコードにアカウンタビリティ(説明責任)を持たせることで不必要なドキュメントを減らしましょう。


ということだったと解釈しています。記事の中に出てきますがソースコードも設計書であって、 大事なドキュメントの一部ということで話が進んでいきます。今回も大変ためになるお話でした。

 

ソフトウェア開発という意味においてドキュメントという点から俯瞰してみると、 ドキュメントの必要性は人から人へのアカウンタビリティだと言う事ができます。この場合、別々の人というだけでなく、 過去の自分と現在の自分も含まれます。今回の@ ITの記事ではソースコードについて言及されていますのでソースコードを読む人からソースコードを読む人へのアカウンタビリティについてです。 極論になってしまうとは思いますが、これは同じモジュールをメンテナンスする人に対するアカウンタビリティですね。

 

システムをモジュール分けし凝集度を高めたり結合度を弱くするのはアカウンタビリティを満足させるために必要なものをできるだけ減らしましょうという意味があるのだと思います。 あるモジュールを利用するためにそのモジュールのソースコードを隅々まで読まなくてもよいようにしましょうということだと理解しています。 ATAのI/FでもSQLの文法でもなんでも構わないのですがいちいちハードディスクのファームウェアのソースコードやデータベースエンジンのソースコードを読まなくてもよいようにドキュメントが存在するわけです。

 

アジャイル開発においてはソースコードの編集のための所有権を個人に属することがないようなプラクティスが存在します。 しかしその所有権はチーム自体にはあるはずです。所有権を持つということは所有権を持たない人に説明責任を果たす必要があるはずです。 逆の見方をすればアジャイル開発においてドキュメントが減らせる領域というのはチーム内においてということになるのではないでしょうか。

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