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日本辺境論 

日本辺境論 (新潮新書)
4106103362

この本は面白いです。書かれている内容を批評するほどのインテリジェンスは私にはありませんが、肯定的に読んでも否定的に読んでもその切り口は一考の価値があると思います。私が面白いと感じた箇所をいくつか挙げておきます。

 

彼らは例えば「中国近現代史が専門です」とか「30年代のフランス・ファシズムが専門です」というふうにさらっと言います。どうしてそういうスケールを採用したのか、どうしてそう区切ることがそれ以外の区切り方よりも適切であると判断したのか、その理由はふつう説明されません。

 

もし、あるミュージシャンが他のミュージシャンとのコラボレーションの見通しを聞かれて「オリコンチャート2位の音楽家として」コラボレーションしたいと言ったら、、、

 

私たちの時代でも、官僚や政治家や知識人たちの行為はそのつどの「絶対的価値体」との近接度によって制約されています。「何が正しいのか」を論理的に判断することよりも、「誰と親しくすればいいのか」を見極めることに専ら知的資源が供給されるということです。

 

「大東亜戦争」を肯定する、ありとあらゆる論拠が示されるにもかかわらず、強靭な思想性と明確な世界戦略に基づいて私たちは主体的に戦争を選択したと主張する人だけがいない。

 

データ、情報、知識、知恵のフレームワークに照らし合わせればこの本は情報から知識、そして知恵へ向かう途中までが守備範囲でしょう。そのあたりを守備範囲とする本は難しいものが多く、読み続けるモチベーションを維持するのが困難です。本を読む時に付箋を貼る修正のある人なら、きっと付箋だらけになっているのではないでしょうか。


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