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デザインのデザイン 

デザインのデザイン
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私は言葉で表すことが難しいことをなんとかして言葉で「普通の人に」伝えようとしている人の試みが好きです。著者の原研哉氏もその一人だと思います。

 

この本はまず著者のデザインとは何かという定義から始まり、実際にデザインされた対象について語り、後半でマーケット、日本、自然といった環境、社会など個別の物体から離れたものについてデザインという切り口から何が見えるのかを伝えようとしています。

 

私は芸術性に対する座標軸の方向は娯楽性だと考えています。作り手と受け手という考え方です。この本では個人に対して社会という形で芸術に対してデザインを位置づけています。この考え方から何が発展していくのかは私にはわかりません。しかし私にとっては新鮮な視点であり、新鮮であるということは可能性を感じさせてくれるものであることは認めざるを得ません。

 

最もダイレクトに実感させてくれるのは第2章のリデザインでしょう。私の好きな建築家である隅研吾氏のゴキブリホイホイを見て「なるほど!」と素直に思いました。デザインがなんらかのメッセージを持つという意味において良い事例がいくつか提示されています。

 

後半で興味を惹かれたのは

ここで言う「センスのよさ」とは、それを持たない商品と比較した場合に、一方が啓発性を持ち他を駆逐していく力のことである。

 

という部分でした。適切な例であるかは自信がありませんが、ゲーム機のコントローラにおいてPlayStation以前と以後では明らかに形が変わっています。携帯音楽プレイヤーにおいて高音質、多機能をもってしてもなかなかiPodの牙城はくずれません。同じ節にもう一つおもしろい指摘があります。

その企業がフランチャイズとしている市場の欲望の水準をいかに高水準に保つかということを同時に意識し、ここに戦略を持たないと、グローバルに見てその企業の商品が優位に展開することはない。

 

これはかなり刺激的な視点です。消費者の欲求を外部パラメータとしてスナップショット的な戦術を練るのではなく、連続的な欲求の高感度化(エデュケーション)を図る戦略が必要だと言っています。自動車やプライベートなサブカルチャー(マンガ、アニメ、ゲーム)、その他日本がリードしている業界を見てみるとこの視点は簡単には否定できません。

 

職種が違えばモノを見る立ち位置が変わります。立ち位置が違うことを言葉で説明するのはとても難しいことです。その立ち位置から見ることが有用であることを理解してもらおうとすればさらに難しくなります。しかしやり方を覚えるだけでよい時代の後は体現出来る人がまず語ることから始まるのではないでしょうか。

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