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定義について 

私は「~とは何か」といった純粋な哲学的探求にはあまり興味を持っていません。しかし「~とは何か」を理解することで具体的な価値を生み出せる可能性があるとは信じています。

 

私が定義を意識する場合の多くは、何かと何かを区別する必要がある場合です。区別するということは何らかの視点を持つということになります。その意味においてアランの定義集はいくつかおもしろい視点を提供してくれています。

 

文明
他のところではよく吟味もされず、特に驚きもなく受け入れられている実践を、不可能にする、ほとんど考えられないものにする法、慣例、意見、判断の総体。…

定義はおろかその意味すら明確に答えられる人が少ないであろう文明という言葉です。上記のように定義して文明を語ろうした場合、総体すべてを拾い上げることは不可能ですが、内容の骨格となる部分が他の文明と比較可能なものとすることで説得力を上げることができます。これは多くの人が漠然と認識している意味からあまりはずれることなく、別の表現を行っています。

 

また、ある状態を表す言葉などの場合、さらに状態を分解しそれぞれにラベルをつけることで定義を行う場合もあります。アランの定義とは少々違いますが、例えば「信じている状態」は

 

  • 個人の欲望、願望によって信じている状態
  • 特定の立場の人の発言、主張だから信じている状態
  • 古くからの習慣や伝統だから信じている状態
  • 仕組みはわからないが何度試しても同じ結果がでるから信じている状態

 

などに分けることができます。適切な組み合わせの分解に対してそれぞれの状態を定義することで物事に対処する方法が明確になることがあります。フレームワーク思考といわれるものですね。この場合は付けられたラベルが通常使用される意味とある程度かけ離れていてもそれほど抵抗はないでしょう。

 

新たな視点との出会いは「気づき」という知的な快楽を与えてくれます。視点により区別するということは例外というノイズを取り除きます。ノイズが取り除かれることで思考をシンプルにすることができます。定義の組み合わせによって厳密に構成された体系は予想外の取りこぼしを防ぎます。もちろん正しく定義されていればですが。正しさの程度、つまり定義の価値はもたらす影響の大きさで決まるのでしょう。アランの定義によれば価値とは集めるに値するものとのことだそうです。


アラン定義集 (岩波文庫)
神谷 幹夫
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