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僕、トーキョーの味方です 

僕、トーキョーの味方です―アメリカ人哲学者が日本に魅せられる理由
マイケル プロンコ Michael Pronko 矢羽野 薫
4840115494

この本は東京に住むアメリカ人大学教授が書いたエッセーです。文学を芸術として楽しむ素養の少ない私はエッセーはあまり読まないのですが、それでも価値観の違いを認識することやそこから発生する気づきには興味があります。

 

自動販売機にお金を入れ、希望の飲み物のボタンを押し、頭を下げて商品を取るという一連の流れがお賽銭をいれ、ガラガラと鈴を鳴らし、頭を下げてお祈りをするのに似ているとか、明らかにガラの悪そうな人でさえ、ほとんど儀礼的な意味しか見出せないにもかかわらず会計の際に受け皿があればそこにお金を置きます。

 

案外、人が何かに興味を持つきっかけというのはこんなところからくるのかもしれません。物事を複数の視点から見ろとよく言われますが、意味のある視点を見つけるまでに試される多くの無意味な視点は新たな興味への入り口だと考えるのは悪いことではないでしょう。

 

途中、他の国との違いをもとに記述されている章があるのですが、そこはあまり面白いとは思えませんでした。自動販売機や看板などは前提条件を明記することなく著者と共有することができるのですが、他の国との比較となるとそうはいかないからかもしれません。

 

僕のエッセーが誰かの東京観を変えるとは思わないが、身近にあるけれど見過ごしがちなものを新鮮に感じてほしい。皆さんにも僕といっしょに、「ふつう」のなかに「ふつうではない」素晴らしさを見つけてほしい。

 

「ふつうなこと」や「あたりまえのこと」を共有することはコミュニケーションを効率化しますが、あえて解釈を発見することは思っている以上に刺激的なことに思えます。

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