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連射王 

連射王 (上)
川上 稔
4840237344
連射王 (下)
川上 稔
4840237352


油断していました。ジャンルに関わらず面白い小説はあるのだということを忘れていました。小説をより楽しむための大切な要素として追体験があるとすれば、読む側に追体験可能なバックボーンが必要となります。この本で言えば1990年代、スーパーファミコン後期からPlayStationにかけての時期にアーケードゲームをやりこみ、ゲームをクリアするということが家庭用ゲーム機とアーケードでは違うのだということを経験した人でしょうか。



主人公に対する共感という面からではさすがにニッチすぎるということと、せっかく映画ライターズロードマップ(以下、WR)を読んだので、WRでいうプロットライングラフに当てはめてみようと思います。



主人公の高村はゲーセンで竹さんのプレイを見ることで意識せざるを得ない敵対者の存在を認識します。上巻では敵対者を知っていく過程が書かれています。ゲームをやっていて最も楽しい時期になります。そして上巻の最後ではWRでいう中間部のカタストロフィを迎えます。読者に最も強く追体験させて上巻は終わります。上巻を読み終えたとき私は電車の中で今どこの駅かを確認しなければなりませんでした。(笑)



下巻ではプロットライングラフの曲線に従って下降していきます。そしてWRでいう野獣の腹、竹さんの挑戦を期にプロットライングラフの曲線はあがりクライマックスへ向かいます。WRで書かれている友人や心的葛藤なども合間に盛り込まれています。よくできているものだなと感心しました。



クラブ活動や恋など確実に自分の中に存在することを認めながらもその相対的な位置を試行錯誤する高校生という時期において、自分の中に存在を認めざるを得なくなったゲームを通してその位置関係を認識していくことがちゃんと書かれているため、単にマニアックな作品でなかったのがとてもよかったと思います。



この作品の表現装置として小説は、ゲームというビジュアルに非常に関わりの深い題材であるにも関わらず、いや、そうであるが故に最も適してたのかもしれません。


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映画ライターズロードマップ 

映画ライターズ・ロードマップ―“プロット構築”最前線の歩き方
ウェンデル ウェルマン Wendell Wellman 吉田 俊太郎
4845905728

プロとして継続的に結果を出していくためには再利用可能な技術が必要です。しかし作品と言われるものを作る人は既にあるものと違うものを作り出さなければならないという条件があります。映画の脚本もその一つです。この手の技術はなかなか言葉で表現しにくいものですがこの本はそれを言葉で伝えようと試みている本です。

 

この本の主題はプロット(粗筋、枠組み)の構築です。前半ではプロットを静的に構成する主人公、敵対者、葛藤、主張、そしてそれらを際立たせるメタファーや友人について書かれています。後半では動的、つまり話の流れについて書かれています。流れには転換点があり、その転換点における静的な構成要素の役割を示しているというのがこの本の面白いところです。

 

邪道としての価値を求めた作品で無い場合、話の流れは王道としてのパターンに添うことになります。王道としてのパターンが退屈になるかどうかは流れが同じであるということにあるのではなく、転換点をどのように表現するかということと転換点から転換点への相対的な関係にあるのではないかとこの本を読んで思いました。この考えが正しいかどうかはもう一度見ても面白いと思える作品をそういう視点で見直してみるしかなさそうです。

 

単発の作品について言えばプロットが細部よりも重要かというとそういうわけでもなく、重心をプロットより細部に置くことでも面白いことが起きると思います。日本のアニメの少なくない割合で細部にこだわったものがあります。そういう作品の中には部分をまるごと再利用されて動画投稿サイトにMADなどの形として表れてきます。MADだけでなくnum1000やスキージャンプペアなどのプロットに向かっていない作品も私は大好きです。

 


 

それでも良いプロットは人々を作品に引き込む力を与えます。引き込まれる人が多ければそれだけ細部へのこだわりに気がつく人が多くなります。長い間愛される作品にはきっとそんな仕掛けがあるのだと思います。プロフェッショナルな人にはもっと王道の中を自由自在に駆け巡っていてほしいものです。

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