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物を作る人の自信 

おせん 13 (13)
きくち 正太
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キャリアを重ねてきたせいか、担当者のせいか、最近のきくち正太先生は伝えたいメッセージの表現がストレートになってきてます。その分、笑いはベタベタですが。

おせんの13巻は大きく分けてスローフード編と京都編になっています。どちらも物を作ることに対するきくち正太先生の考えがよく表れていると思います。京都編は人情で締めていますが、スローフード編ははっきり伝わってきます。

スローフードのようにある程度、世の中において権威付けされてしまうと、スローフードであることの条件をクリアすることにものづくりの現場が引きずられることがあります。それは違うんじゃないか、本来現場は今自分が持っている力をちゃんと認識した上で今よりも少しでも良いものを作ることを意識すべきではないのか、そうやって作られた物がスローフード足るものであればその上でスローフードとうたえばよいのではないか、そんなことを考えさせられました。

個人的な技術だけでなく、開発期間の短縮のお題目のもとに組織構造との親和性も考慮せずにはやりの手法を導入したり、業務プロセスの改善といいつつ管理側のコストが現場側に移っただけだったりと手段の実行に手一杯で後になって「これって、あんまり意味ないんじゃないの?」と思ったことが私も何回かあります。

商品発表会などで「当社が自信を持ってお贈りする商品です」と紹介する経営者と自分の子供に「これをお父さんが作ったんだ」と話をする場合では同じように胸の張っていても、その意味は全く違うものです。どれだけすごい商品であったとしても現場で行われた妥協に自分が納得していない場合、自分の子供に胸を張って自分が作ったんだとはいいにくいのではないでしょうか。

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とてつもない日本 

とてつもない日本
麻生 太郎
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著者がどのように事実認識をしていて、それを元にどのように考えているかというのは本において普通のことです。しかし著者が政治家である場合、著者の考えが私たちに直接関わってくる可能性が高いという違いがあります。閣僚であればなおさらでしょう。

あとがきに秋葉原駅前での演説時に感じた手ごたえがこの本のきっかけであると書いてあります。確かにサブカルチャーを発端として政治の話をできる人は多くはないと思います。「子供たちの英雄は遊びのうまいやつである。」という命題が世界共通で真であるとするならば、少なくとも先進国においてテレビゲームという共通の遊びを提供できる国は限られていてその国と関わらざるをえません。

この本で一番面白いのはやはり第2章でしょう。マスコミとは違った海外での出来事の視点が興味を引きました。



  • 中国の重慶のサッカー場での騒ぎが起きた時期とほぼ同じ時期に谷村新司は上海で10万人を集めて野外コンサートを開いている
  • イラクでの自衛隊の給水車にはイラクと日本の国旗よりも大きく「キャプテン翼」のロゴマークが貼られていた

キャプテン翼の件については寡聞にして知らなかったのですが、ちゃんと外務省のサイトにも出てました。

総裁選にも立候補した方ですから当然、教育についても語っています。仮に中学を義務教育からはずしたらどうなるかという視点で話を展開させている一節があります。こういうスクラップアンドビルド的思考ができる人を私は好きです。ただ、社会人で因数分解が必要な人がどれほどいるのかと因数分解を例に挙げていますがこれは少々例が悪いのではないでしょうか。書店に行けばインド式計算ドリルなんていう因数分解を知らないと理解するのが困難な本が「とてつもない日本」と同じく平積みされています。高等専門教育の多様化については私も賛成です。高等専門教育の大半を大学とか高校といった同じ単位で括ってしまったがために



東大に行ける偏差値があるのなら東大に行かなきゃ損だ


という発想が蔓延してしまっている状態はなんらかの変化が必要だと思います。

あと、カンボジアに出向してちた3人の女性検察官の方の座談会の内容が法務省のサイトに掲載されていると書かれていました。少々読みにくいつくりになっていますが、イメージしにくい法務省の業務の一端を知ることができるページです。こういう紹介はインターネットベースのインタビューなどを受けたときにどんどん紹介してほしいですね。(ゆるめのgo.jpウォッチャーとかどこかにいませんかね?)

この本を読んだ印象としては、麻生太郎という人は思っていたよりは柔軟に考えているのかも、というものでした。(考え自体に賛成できるかどうかは別ですが)。政治家としての実力に文句を付ける人はいないでしょうし、オタクを取り込んだ今、残された課題は女性票でしょうか。(笑)


 

アジャイルと「萌え」を同じ見方をしてみる 

「オタク論!」からの強引な引用。

僕は、"萌え"はスタイルだと思うんですよ。コンセプトがないのがスタイルの特徴でしょう。例えば、"アメリカ好きだったら音楽はこんなの聴いて、服はこんな感じで、というのがありますよね。"萌え"はもうスタイルだから、中心となるコアなものがなくて、衣食住を全部統一できる世界がある。萌えスタイルというのはもうできているから、定義が必要なくなっちゃった。もっとも、"萌え"の人たちは定義なんて求めてないでしょうけど。
オタクの中でも、"萌え"というのが差別されてるときには「俺たちは萌えなんだ」「萌えとはこうなのだ」と理論武装しなければならなかった。ここから先、"萌え"がスタイルになってしまえば、「かわいい女の子を知っている」とか、「新しくできたメイド喫茶に行こう」という方に熱心になる。「野球とは何か」という論争がないのと同じですよ。

確かに一つの見方です。これをもとに少し言葉をいじってみます。

僕は、"アジャイル"はスタイルだと思うんですよ。コンセプトがないのがスタイルの特徴でしょう。例えば、"アメリカ好きだったら音楽はこんなの聴いて、服はこんな感じで、というのがありますよね。"アジャイル"はもうスタイルだから、中心となるコアなものがなくて、コーディング、テスト、チームビルディングを全部統一できる世界がある。アジャイルスタイルというのはもうできているから、定義が必要なくなっちゃった。もっとも、"アジャイル"の人たちは定義なんて求めてないでしょうけど。
アジャイルを実践しているの中でも、"アジャイル"というのが差別されてるときには「俺たちはアジャイルをやっているんだ」「アジャイルとはこういうものなのだ」と理論武装しなければならなかった。ここから先、"アジャイル"がスタイルになってしまえば、「いいプラクティスを知っている」とか、「新しく提案されたプラクティスをやってみよう」という方に熱心になる。「野球とは何か」という論争がないのと同じですよ。

そこそこ、意味が通ってしまうのがおもしろいです。

 

オタク論!
唐沢 俊一 岡田 斗司夫
4924718807

環境問題はなぜウソがまかり通るのか 

環境問題はなぜウソがまかり通るのか
武田 邦彦
4862481221

 

環境問題という旗の下に隠れている矛盾を引っ張り出そうとすることには意味があると思います。引っ張り出すには客観的な数値や事実とそれらの解釈が必要です。数値などががそれなりに信頼できるものであればこの本の評価はそれらをどうかいしゃくしているかで分かれるのでしょう。

第1章はリサイクルについてです。この章における著者の解釈には疑問が残ります。しかし私たちが実際に行われている環境問題対策について再考するための材料が提示されています。

  • 1本のペットボトルをリサイクルするには3本ペットボトルを作るだけの石油が必要
  • 日本ではペットボトルを回収後、焼却してもリサイクルと見なされる
  • ペットボトルは24万トン回収され、再利用されたのは3万トン

 時系列による比較や国別の比較は数値自体の精度よりもその時、その場所が持つ条件自体の解釈がわかれてしまいます。まずはある時、ある場所でのスナップショットからはじめるほうが良いと思います。

第2章でダイオキシン、第3章で地球温暖化について書かれています。二酸化炭素については地球という生態系に存在しうる二酸化炭素の量と空気中に存在する二酸化炭素の量は別の話であることを著者自身も百も承知の上で同じ話のように並べているのはずるいと思います。この章はマスコミを中心としてとらえた方がよいでしょう。

  • PCBを含むダイオキシン類とダイオキシンの区別
  • 南極はともかく北極の氷は融けても海面は上昇しない
  • 放送法第3条、異なった見解があるときには両方を報道すること

 マスコミの良識の範疇だと思っていた内容が放送法として記述されているとは知りませんでした。第4章では紙のリサイクルについてです。行政と業界について書かれていますがそれよりも、

  • 利用されているパルプ材のうち先進国のものが1.43億トン、開発途上国のものが0.277億トン

という数値が重要だと思いました。開発途上国の熱帯雨林を守るというのが紙のリサイクルの目的であるならばこの0.277億トンがどのように減っているかに注目すべきでしょう。

環境問題は宗教的な心の問題ではありません。現在の私たちの手持ちのカードがどれだけ効果的に使われているかどうかは常に意識する必要があると思います。


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