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プロフェッショナル 仕事の流儀 トークスペシャル見ました。 

内容は羽生義治さん、スガシカオさん、奥山清行の回の未放送分。

 

最初は羽生義治さんのパート。直感は自分が積み重ねてきたものから迷いなく浮き上がってきたもの

将棋だけでなく、ファッションやプロジェクト運営、 下手をすれば民主主義なんてものにまでに当てはめることができそうなほどの言葉です。 再現がほぼ不可能な物事に対して決断をしなければならない場合に頼らざるを得ない直感への信頼は経験から生まれるというのが私の解釈です。 特に浮き上がってくるという表現がとても印象的でした。迷いもなく浮かび上がってくるためには、その他の選択肢は沈まなければなりません。 浮かぶんでくるものと沈むもの、成功体験と失敗体験、両方必要であるということをこんなふうに表現できたのかと感心しました。

 

次はスガシカオさんのパート。アーティストだけあって表現という意味においてはトークは作品を補完するようなものに感じました。 Progressの歌詞にあるあと一歩前に進もう。 一度に10歩進むことと比べて考えることでとりあえず一歩進むことの価値が明確になってきます。 前後の感覚さえ間違っていなければその価値を得ることは思っているよりかは大きいのだと。 自分がたどってきた跡がジブン。 自分探しという言葉に対するスガシカオさんなりの感覚なのだと思いますが、この言葉は先ほどのあと一歩前へとからめてあるあたり、 うまい表現だなと思います。


最後は奥山清行さん。機能を実現するためのデザインはいくつもあり、その中から一番美しいものを選ぶ。 その美しさには説得力がある

美しさは人を惹きつけます。惹きつけられた人をその製品はどれだけ満足させられるのでしょうか。 あなたの美しいコーディングスタイルはどれくらい説得力があるのでしょうか。 その方法論で実行されたプロジェクトは美しいものだったでしょうか。
イタリアの中で最もイタリアらしくなければならないフェラーリの中で異質である日本人がその価値を認められるにはイタリア人が美しいと認めざるを得ない日本人特有の感覚を認識すること。 一つの例として切捨ての美学を挙げていました。このこともメタファーとしてとても考えさせられました。

 

よいセレクションをした番組のスタッフに拍手です。

 

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ホワイトカラーエグゼンプションへの素朴な疑問 

ホワイトカラーエグゼンプションというのは私の認識では何時間働いても同じ結果を出せれば同じだけ給料を払いますよというものです。 実は私はすでにそういう給与体系の会社で働いています。ホワイトカラーエグゼンプションという考え方があること自体は否定はしませんが、 この考え方が成立するための前提条件はもっと議論されるべきではないでしょうか。

 

例えばスケジュール。およそほとんどのホワイトカラー業種でスケジュールという概念が存在しない業種はほとんどないでしょう。 ものづくりに携わっている方ではじめに立てられたスケジュール通りに進んだプロジェクトがそうでないプロジェクトに対してどの程度かはおおよそ見当がつきます。 つまりトラブルや仕様変更に対して当初の見積もりより実際が小さくなることなどほとんどないということです。 この部分に客観的な評価基準を導入している職場はどれくらいあるのでしょうか。 そうでなければプロジェクトチーム間に生じる差を正しく評価できないのではないでしょうか。

 

ホワイトカラーエグゼンプションはその性質から管理側のコストを下げる方向へ重心を移動させます。また肉体的、 精神的健康面における管理責任を管理側から個人へシフトすることになります。部下の能力は常に変動します。 上長は可能な限りパフォーマンスを上げたいわけですから、変動する能力を使い切るためにはある程度、 要求レベルにおいて厳しいものを出さざるを得ません。その上で部下は上長に対して無理なら無理と言える環境が必要かと。

 

ホワイトカラーエグゼンプションは理想として掲げる分には私も賛成です。しかし、 システムとして導入する前に何が実現されなければならないかの議論がもっと聞きたいと考えています。 成果主義というシンプルな理想は高度なシステムを要求するのと同様にホワイトカラーエグゼンプションもまた高度なものを要求してくると思われます。

 

#私の上司のみなさん、毎度わがままいって申し訳ありません。(笑)

 


99.9%は仮説 

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方
竹内 薫
4334033415

読んでいて楽しい本でした。面白い新書は結構あるんでしょうが、(私にとってですが)楽しい新書は少ないんじゃないでしょうか。

 

この本自体は思い込みや当たり前だと考えていることに対して様々な例を通して思考が硬直しないようにいろんな視点を持てるようにしましょうという内容です。 多くの例示がなされていますがその例がそれぞれ楽しい。私にとって特によかったのはホーキング博士の例でした。 まったくの門外漢である私にはホーキング先生がいっていることはまったく理解できなかったのですがこの本を読んでひょっとしたら理解するきっかけをもらえたかも、 と思えてきました。

 

それぞれの例も楽しかったのですが、 一番楽しかったのは全体を通して理解しにくい概念などを可能な限り平易な言葉で伝えようとする姿勢です。 私はそのことをとても大事なことだと考えていますし、それができる人を尊敬しています。 この本では間主観性というとてもわかりにくい言葉が出てくる部分があるのですが、これをまず主観と客観の定義から入り、ポイントとなる「間」 という概念を国際、つまり「インター」ナショナルという言葉と照らし合わせることで理解しやすいように説明しています。 こういう場面でインターナショナルという言葉が出てくる人とそうでない人の差はとても大きく思えます。

 

ある事柄を自分が理解したことによる結果に対する評価も大事ですが、 自分が理解した事柄をそれに気づいていない人に気づかせることの価値の評価ももっとクローズアップされてよいのではないかと思いました。

パンプキンシザーズ 

Pumpkin Scissors 1 (1)
岩永 亮太郎
4063348792

アニメ化されるということで書店で平積みになっていたのをなんとなしに買って読んでみたのですが、思ったより面白かったです。 最初は第1巻しか買わなかったのですが第5巻まで読みました。 第一次世界大戦から第二次世界大戦あたりをモチーフとした設定も嫌いではありませんし、キャラ構成も女隊長にがたいのでかい部下、 切れ者の上司に仲間たちと攻殻機動隊のようなおいしい構成です。

 

ただ、好きな設定であることと、そのマンガがおもしろいこととは別なわけでして、同じにおいのする鋼の錬金術師が「合成獣が哭く夜」 で見せてくれたような読み側の冷静さをふっとばしかねないほどのシナリオがあるわけでもないのにこのマンガがおもしろいのはなんでなんだろうとちょっと考えてみました。

 

結局大した結論はでてないのですが、鋼の錬金術師と同じにおいがするのは体制の中の青臭さという構造なんだろうと。 その構造が私のツボを踏んでるんでしょうね。 こういうマンガがヒットするのはそういうツボを持っている人が少なからずいるんじゃないかと思います。

 

第5巻で隣の国のお姫様が出てきました。おそらく今後の展開への伏線でしょう。パンプキンシザーズが長期連載になった場合、 スピンオフで使いたくなるくらいおいしい設定です。安易な切り札として使われないよう期待します。

 

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